388のブログ

文章を置いておく場所

記憶と失明

記憶が無くなっていく病を患った。

今朝食べたもの、さっき置いたボールペン、スーパーで買わなければいけない食品、支払わなければならない公共料金、母の顔、恋人の名前。

病は深刻で、進行も早かった。

両親は僕を心配して大きめの病院に連れて行った。

入院したのが5月3日だから、それから2ヶ月くらい経っていたころ。

天使と悪魔があわられた。

天使は優しく僕に悲しそうだね、と囁いた。

悪魔ははきはきと僕にお前の病気を治してやる、と言った。

これでは天使と悪魔がどちらか分からない。

とにかく僕の病は治ることは本当らしい。

さっきから後ろで恋人が微笑んでいる。

僕は天使と悪魔たちと儀式をした。

僕は病を治す代償として、視力を失った。

何も見ずに済む世界は素晴らしい。

音が、鼓膜に突き刺さるときは、思わず吐血してしまうが。

夜なのか朝なのか分からない。

いま泣いている恋人は、どんな顔をしているのか分からない。

それでも僕は嬉しくて楽しくて幸福だった。

止まない雨。終わりのないトンネル。

光がない世界。

これが僕の望んでいた世界そのものだと思った。

ただ、僕は死にたかった。

どうしようもなく、自殺したかった。

布団から起き上がる気力すらなかった。

スマホの充電器を引っ張ってコンセントから抜いて、首をぐるぐる巻きにした。

しかし僕には力がなかった。最後まで首を絞められなかった。

悲しいのは、それだけだった。

たまに布団の上で死にたくなるのだ。

今は夜なのだ。

夜は怖い。暗くて怖い。

光が当たっていないところに住んでいた。

僕は、はやく自殺しないといけないと思いながら、布団から起き上がりカッターを探し始めた。

音がない、光もない、色もない、夜もない。

ただ、希死念慮がそこにいただけだった。